はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 320 [ヒナ田舎へ行く]

ふむ。いくら不意打ちでも、その気がなければ拒絶できるということか。いちおう前もって断ったのは、ダンがおそろしくのろまだった場合、勢いでしてしまいかねないと思ったからだ。

エヴァンは両手で口元を塞ぐダンを間近で見つめながら、ロス兄弟はこいつのどこが気に入ったのだろうと、少々失礼なことを思った。

あからさまに拒絶されて、多少不愉快になったからかもしれない。彼らと何が違うのだろうかと。

エヴァンは頬の傷に触れ、「冗談です」と退いた。これがなければ、そこそこ見栄えのいい顔なのだが、いまさら泣き言を言ってもしようがない。彼をかばったのは自分の意志なのだから。

「で、ですよねー」ホッと大きな息を吐くダンは、口元を覆っていた両手をぎこちなく膝に戻した。なんとなく肩に力が入っているのは、言葉とは裏腹に警戒しているからだろう。

「ブルーノと話をしてみたらどうだ?そろそろ旦那様もお帰りだ」エヴァンはポケットから時計を取り出し、時間を確認した。

「はぁ……そうですね。またヒナが駄々をこねなきゃいいんですけど」ダンは憂鬱そうに言いながらも、すでにヒナの従者の顔つきになっていた。

何よりも優先されるのはヒナ。自分の悩み事は後回し。それでこそ、バーンズ家の使用人として胸を張れるというものだ。

旦那様はわけありの者でも、相応の能力さえあれば出自は問わない。お屋敷にもクラブにも、ダンだけでなく、自分の事を語りたくない者は多い。もちろん素性はきちんと調べているだろうが、相手が口を閉ざしているうちは、そのことを旦那様が口にすることはない。

たとえば、ダンの名前。エヴァンは知らないが、旦那様とジェームズ様、おそらくはホームズも知っている。けれども誰もダンの名を口にしたりはしない。そもそも誰もエヴァンの事をオズワルドと呼んだりしないし、ウェインをトマスと呼んだりしない。そういうものだ。

「旦那様もその辺は気を使うだろうな。ヒナがわがままを言えば、ルークが伯爵にそれを伝えるかもしれないからな」

「あれ、エヴァンもルークと呼んでいるんですか?」

「ん、ああ。面倒だから」バターフィールドと呼ぶよりルークと呼んだ方が簡潔でいい。それにルークと親しげに呼ぶことに、ブルーノがことさら不機嫌そうにするので、そうすることにした。あれはなかなかからかい甲斐があって、暇つぶしにはちょうどいい。

ふうん、と言ったダンはそわそわと腰を浮かせた。「じゃあ、そろそろ僕は下に降りようかなぁ。片付けもあるし、支度もあるし、けっこう忙しいんですよね」

「そうだな」エヴァンはそう言って戸口に向かう。ドアを開けてダンに逃げ道を作ってやり、出て行く姿を見届けて、自分の仕事に戻った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 321 [ヒナ田舎へ行く]

カイルはヒナと去りゆく馬車をめそめそと見送り、喪失感たっぷりに玄関広間をあとにした。

「帰っちゃったね」深い溜息を吐き、隣をとぼとぼと歩くヒナに目を向ける。

「うん。帰っちゃった」めずらしく駄々をこねなかったヒナも、深い溜息を吐く。

楽しい時間が過ぎるのは本当に早い。ウェインさんがここで暮らしてくれたらいいのにと、心底思う。町に買い出しに出掛けたスペンサーはウェインさんと一緒にお茶を飲んだのだという。ウェインさんが庭のベンチでその話をしてくれた時、カイルはスペンサーに本気で嫉妬した。

ギデオンと会えたのはそりゃ嬉しかったけど、ウェインさんとは比べ物にならない。(ギデオンごめんね)
だから次にヒナがおでかけする時は、ウェインさんの予定を確かめてから、ついていくか行かないかを決めようと思う。

「なんかやる気が出ない」カイルはうなだれる様に肩を落とし、腕をだらんと垂らした。

「ヒナも」

「夕食も食べていってくれたらよかったのにね」

「フィフドさんがいるからだめだよ」

「ウェインさんも同じこと言ってた。僕、試しに誘ってみたんだ」そうしたらウェインさんは『伯爵の代理人がヒナの事をなんて報告するか分かったもんじゃないから、今日は早めに帰るって旦那様が……』と、ちょっぴり残念そうに言ってくれた。だから僕はそれ以上無理なことは言わなかった。ウェインさんを困らせたくなかったから。

「ヒナはがまんした」ヒナはいまにも泣き出しそうに、口をへの字に曲げた。

ヒナの切なそうな表情はカイルの胸を痛くする。

「明日も来てくれるんでしょ?」暗く沈む顔を覗き込み訊ねる。

「うん」と、ヒナははにかんだ。こっちがドキドキしちゃうくらい可愛くて、つい、めそめそしないでと抱きしめたくなった。

ヒナってば、本当にウォーターさんが好きなんだ。僕がウェインさんを好きなのよりもずっと。

フィフドさんは悪い人じゃないけど、どうにかして早く帰ってもらわなきゃ。このままじゃヒナも僕も、好きな人にゆっくりと会えやしないよ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 322 [ヒナ田舎へ行く]

ダンが何か言ってくるまで、何事もなかったかのように振る舞おうとブルーノは決めていた。

キスをしたこと、謝る気などなかった。

詫びてしまえば、ダンを好きだという気持ちも否定することになってしまう。

確かに無理強いしたかもしれない。それに関してはわずかにうしろめたさはある。だからダンがそれを不満だと言うなら、やり直したっていい。喧嘩のついでなどではなく、甘い言葉と優しい触れ合いが欲しいと言うなら、いくらでもそうするつもりだ。

まあ、ダンがそんなこと望んでいるとは思えないが。

「ウォーターズさんは帰られたようですね」ダンが何事もなかったかのようにキッチンにやってきた。

どうやらこちらと同じ作戦のようだが、理由はまったく違う。ダンはきっとすべてをなかったことにしようとしている。ブルーノはにわかに反発心を覚えた。

目を合わせようとしないのが、何よりそれを物語っている。

「そのようだな」ブルーノは短く答え、鍋の様子を見るふりをしてダンに背を向けた。

「では、片付けてきましょうか」ダンはそう言って、そそくさと出て行こうとする。

ブルーノは堪らず振り返った。

「片付けはカイルに任せている」素っ気なく言えば、ダンが狼狽えた様子を見せる。

「え、ああ、そうですか」と、困った顔をするダンはひどくそそられた。

けれども、また喧嘩になるのは困る。なにより、傍にいて欲しい。

「だからこっちを手伝ってくれ」態度をやわらげれば、ダンもそれに応えてくれる。

「は、はいっ」と、張り切った返事をして、エプロンを腰に巻きつける。まだ目を合わせてはくれないが、昼間の状態に比べれば幾分ましになった。キスをする直前の、噛みつかんばかりに怒っていたダンはもういない。

「さっきはすまなかった」口が勝手に謝罪の言葉を吐き出す。もちろん、キスのことではない。

「僕の方こそ」と言ったダンは、いったい何に対して謝罪したいのだろう。

「喧嘩なんかしたくなかった」理由がわからないとなればなおさら。でも、薄々気付いている。くだらない嫉妬が原因だって事は。しかもライバルのスペンサーにではなく、ルーク・バターフィールドに対してなのだから、情けなさ過ぎて失笑が漏れる。

「僕もです」ダンがようやくこちらを見た。

潤んだ茶色い瞳に、後悔の色が見えるのは気のせいだろうか?喧嘩をして過ごした一日を惜しんでいるのか(そうだったら嬉しいが)、喧嘩さえしなければキスはされなかったのにと考えているのか(こちらの可能性は排除したい)、それを訊く勇気はいまのブルーノにはなかった。

本当に情けない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 323 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノはあのことに触れようとしない。

もしかして、後悔してる?僕なんかにキスしてしまったこと。

好きだと言ったけど、キスひとつで幻滅した?僕のキスはどんな味がした?ブルーノみたいに美味しくなかった?

「ダン、それにパイ生地を敷いてくれ」

ひっ!

オーブンの様子を見ていたブルーノが突然振り返ったものだから、妄想中のダンは手の中のゆで卵をころりと転がし、床に落としてしまった。

タルト型に手を伸ばし「これですね」と確かめついでにブルーノを見れば、彼はもう背を向けている。ひび割れただけで済んだ卵を拾い上げて、そっと脇に置くと、小さく溜息を吐いた。

仲直りしたはずなのに、気まずいのはどうしてだろう?

うわの空でタルト型にパイ生地を敷き、フォークでぷすぷすと穴を開ける。

「ミートパイですか?」と問えば、

「ミートポテトパイだ」と返ってきた。

そっか。ミートポテトパイか。

「ブルーノ、僕たち仲直りしたんですよね?」とうとう我慢しきれず訊いてしまった。喧嘩なんかしたくなかったと言ったのに、まだ不機嫌なのはどうして?

「ああ」ブルーノは鍋に蓋をすると、振り返った。「どうしてそんなことを訊く?」作業台に手をつき身を乗り出すと、青みがかった灰色の瞳で見下ろしてきた。

「だって、なんだか、まだ怒ってるみたい」

「気のせいだ。怒ってなどいない」

見惚れてしまうほど綺麗な顔できっぱりと言われると、返す言葉もない。

「エヴァンと何を話したんです?」

どうしていいのかわからず、話題を変える。

「ヒナに告げ口すると」

「えっ!うそ!エヴァンはヒナに言ったりしないって言ってたのに」

「エヴァンと話したのか?」

「ええ、まぁ……」口止めをするため部屋に押し掛けたとは言えない。

ブルーノが思案顔になる。勝手にエヴァンと話したこと、気に入らないのだろうか?

「あ、あの――」

「遊びならやめろと忠告された。だから本気だと伝えた」別に悪くはないだろう?と、ブルーノは熱っぽい視線を送って来た。

ブルーノのことは友人として好きなはずなのに、予想外に鼓動が早くなるのはなぜだろう。相手が、本気だ真剣だと言っているのに、自分は何も考えないままでいいのだろうか?

「僕に好きになって欲しいですか?」当たり前のことを訊ねながら、いいえと言われたらきっと自分は傷ついてしまうことに気付く。

でもブルーノがいいえと言わない事を、ダンはきちんとわかっている。

「すぐにとは言わない。でも、早ければ早い方が嬉しい」

どうやら好きにならないという結末は、ブルーノの側には存在しないようだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 324 [ヒナ田舎へ行く]

「あーあ、ロンドンに戻ろうかなぁ……」

などとパーシヴァルが口にしたものだから、ソファでぐだぐだとしていたヒナとカイルはにわかに色めき立った。

「どうして?」ヒナは薄茶色の眉を持ち上げて、驚きをあらわにした。

「昨日来たばかりなのに」カイルもどうして?と小首を傾げる。

「なんだかジェームズに会いたくなってね」なんだか、どころではない。会いたくて身悶えしてしまうほどだ。「ヒナにはジャス――(おっと、あぶない)ウォーターズ、カイルには、ほら何て言ったっけ?地味な感じの――(全然名前が思い出せない)がいるだろう?僕だけひとりぼっちなんだよ」パーシヴァルは魅惑的な唇を尖らせた。

「ひとりじゃないよっ!ヒナがいるもん」ヒナはまるで猿かネコのように、ソファからソファへと飛び移った。パーシヴァルの腕にしがみつき、必死に引き止める。

「そうだよ、僕もいるもん」カイルもおずおずと口にする。

「おやおや、子供たちにモテモテですね」

嫌みな口調は、たったいま部屋に入ってきたエヴァン。

「何の用だ?」パーシヴァルはヒナを抱き寄せ、邪魔者を睨みつけた。従者のくせに偉そうなのは、ジェームズの命令で僕の世話を焼いているからだ。そうでなければ、エヴァンは僕に近づくことさえしないだろう。

「そろそろ晩餐の支度をする時間です」エヴァンがキビキビと言う。

「ええ、もうそんな時間?僕、お茶の片付けもしてないや」カイルが慌てて立ち上がった。

「面倒だな」ジェームズがいないってのに、着飾って何の意味がある?

横でヒナがうんうんと首を縦に振る。「ヒナもこのままでいい」

裸足だし、シャツはズボンから飛び出しているし、絶対このままでは駄目な姿だ。

「そうしたいなら、わたくしはかまいませんが、ダンはかまうでしょうね」エヴァンは諭すように言う。

ヒナはがっくりとうなだれた。ダンはヒナを着飾るのが仕事だ。逃れようがないだろう。

「それと、勝手に帰ることは出来ませんので」エヴァンの視線がヒナからパーシヴァルへと移る。

ん?僕?

「か、勝手ってなんだ?僕はどこへ行くのにも自由だ。お前の指図なんか受けないぞ」パーシヴァルはエヴァンに指を突きつけた。

「わたくしではなく、ジェームズ様です」動揺するパーシヴァルとは対照的に、エヴァンは落ち着き払っている。

「ジェームズがなんだって?」

「指示があるまで戻って来なくていいそうです」

パーシヴァルは胸が張り裂けそうになった。

「そんなはずない!ジェームズは僕の帰りを今か今かと待っているに違いないんだ。この身体なしでは一日だって耐えられないはずだぞ!」耐えられないのはパーシヴァルの方なのだが。

「子供たちの前ではしたないことを言うのはおやめください」と、ぴしゃり。

「パーシー、はしたない」ヒナは意味が分かっているのかいないのか、きゃっきゃと笑う。

カイルはまったく意味が分からず、ぽかんとしている。

「いつになったら帰っていいんだ?」パーシヴァルは憮然と問う。ジェームズの命令なら、従わない事もない。これも何かのプレイだと思えばいいだけの話。

「その時になったら、知らせが来るようですので、それまではここでのんびりとお過ごしください」

では、と言ってエヴァンは部屋を出て行った。

「ヒナ!あいつのことどう思う?僕を馬鹿にしてるだろう?」

「ジャムの『いいつけ』だからしかたないよ」

ヒナは案外、長いものには巻かれるタイプだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 325 [ヒナ田舎へ行く]

ぎくしゃくとしながらも確実に距離の縮まった二人を目にすれば、心中穏やかではいられない。

スペンサーは、ブルーノが取り分けたミートパイをにこやかに口に運ぶダンを見ながら、ヒナとルークの会話に耳を傾けていた。

ヒナはどうにかしてウォーターズの滞在時間を増やそうと、ルークのご機嫌とりをしている。とはいえ、お世辞を言ったりするわけでもなく、ウォーターズがいればルークも何かと便利だと主張しているだけなのだが。

確かに、ウォーターズの存在は、慎ましやかな暮らしを一変させた。見たことも食べたこともなかった高級菓子を味わうことが出来たし、ヒナの好物だという『シモンのパン』も毎朝口に出来る。訪問の度にあれこれと土産を持ってきてくれるおかげで、ずいぶんと潤った生活が出来ている。

弟たちはそれに気付いているのかいないのか、とくに隣人に感心はなさそうだが、居なくなれば打撃を受けるのは間違いない。ああ、そうだ。カイルはウェインとかいう地味な男に夢中だった。

「ポテトの舌触りが最高です」

ダンの褒め言葉に、ブルーノが上機嫌で口の端を上げる。

しゃくに障る顔だ。しかもこれはミートポテトパイだったのか。

スペンサーはミートポテトパイをフォークの先でつつきながら、必死な様子のヒナに目を向けた。

こうなったらヒナに力を貸してもらって、お互い助け合うというのはどうだろう。ブルーノ以上にはダンとの距離を縮められない自分と、ウォーターズにそばにいて欲しいヒナ。ウォーターズもヒナの保護者として、同じ屋敷にいられないのは心配だろう。うまくすれば(ブルーノを排除するだけで)みんな幸せになれる。

「今度はみんなで、ぎでおん村長のとこに行こ」ヒナは目をぱちぱちさせながら猫撫で声を出す。どこで覚えたのか、下心が見え見えだ。

ルークは「ええ、そうですね」と、ヒナの甘え顔に照れくさそうに答える。

どうやら、ヒナのおねだりを作為のないものだと思っているらしい。間抜けなのか、すれていないのか、正直、こんなので代理人と言う名のスパイは務まるのだろうか。

まあ、俺が心配する事でもないか。ウォーターズの正体にも気づいていないようだし、並の人間ということだろう。

「ねぇ、ヒナ。僕も今度、その、ギデオンとかいう素敵な彼の所に連れて行ってよ」昼間とは打って変わって元気のないクロフト卿が物憂げに言う。

晩餐が始まってからずっと溜息しか吐いていなかったから、具合でも悪いのかと心配していたところだ。向こうが勝手にやって来たとはいえ、何かあれば責任問題になりかねない。

「いいよ」ヒナは気軽に言い、ふかふかのパンを小さくちぎって口に運んだ。相変わらず、甘いもの以外は少食だ。

「ああそうだ。ヒナ、あとで書斎に来てくれ。おみやげを渡すのを忘れていた」スペンサーは唐突に言い、横目でブルーノの表情を伺った。

ブルーノは鋭い視線をこちらに向けていた。どうやらヒナを呼び出した理由に察しがついたようだ。

だからといって邪魔はさせない。

「おみやげ?なあに?おいしいもの?それともリボン?」

ヒナはこちらの意図には気付いていないようで、純粋に嬉しそうにしている。おいしいものにリボンさえあれば、ヒナを釣るのは容易いようだが、この手を使うのは最初で最後にしよう。

あまり卑怯なことをすれば、ダンに逃げられてしまうかもしれないからだ。

「おいしいものとリボンかもな」スペンサーは言い、何を買ったか知っているダンと目を合わせた。

ダンはにこりと笑って、ヒナに「よかったですね」と声を掛けると、間もなくしてブルーノとの会話に引き戻された。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 326 [ヒナ田舎へ行く]

晩餐後、先に寝支度を済ませてから、スペンサーの所へ行くようにとダンに言われたヒナは、湿ったままの髪を振り乱しながら、もどかしげにダンの手を逃れた。

「ヒナ!まだですよ。座って下さい」暖炉の前に座ったままのダンは、絨毯をバンバンと叩き、ヒナに座るように命じた。

「もう乾いたもんっ!」ヒナは抵抗して、ふいとそっぽを向いた。

「おみやげは逃げません。でも、髪をきちんと乾かさないと、風邪を引いて旦那様に会えなくなりますよ。いいんですか、それで?」ダンは立ち上がり、腕組みをした。

「やだやだ!ダンの意地悪っ!!」ヒナはダンの横暴ぶりに抗議して地団太を踏んだ。けれども、虚しい抵抗だとわかっているので、憮然としながらものろのろと暖炉の前に座った。背中を熾火に向けて髪をバサバサと振る。

タオルを持ったダンが傍らにひざまずくと、ヒナは石ころのように固まった。

「さあ、いい子にしてて下さいね」ダンは宝物にでも触れるように、ヒナの髪を優しく梳いて、暖炉の熱にかざす。タオルで地肌をマッサージしながら、伸びすぎた前髪を後ろの髪に混ぜ込んだ。

「ねえ、ダン。おみやげはリボンだと思う?」髪に触れられるのが好きなヒナは、うっとりとしながらダンに訊ねた。

「リボンがいいんですか?」訊くまでもない。

「すてきなリボンがいい。そしたら、ジュスはヒナのことすてきだって思って、帰りたくなくなるかもしれない」

ヒナのいじらしさに、ダンはそうですね、とは安易に言えず、曖昧なうなり声を漏らした。

旦那様はいつだって離れ難く思っている。いまはもう限界まで来ているのではないかと、心配しているほどだ。そのうち窓から忍び込んできて、ヒナのベッドに……。

なくもない話だ。

「今日のぐるりは楽しかったようですね」さりげなく話題を変える。

「ダンも来ればよかったのに」

「ええ、そうですね」ブルーノと喧嘩をしていなかったらそうしていただろう。いちおう仲直りはしたけど、別の理由で、ぎくしゃくはしているけど。

「ダンは楽しかった?」

「ええ、まあ」楽しかったというより、結果として、スペンサーについて行ってよかった。そう思う反面、ヒナとラドフォードの領地をまわるのも、従者として必要だったのかな、とも思う。けっしてブルーノと一緒がよかったとか、そういうのとは違う。はず。

いっそ、ヒナに打ち明けようか?ブルーノとキスした事。

いやいや、ダメだ。

これからスペンサーと会うってのに、今喋ったら筒抜けになってしまう。もちろん秘密を漏らすような子ではないけれど、ヒナは時々、ひどくお喋りになる時がある。機嫌が良い時なんか、うっかり。

「ふうん。いいなぁ。ヒナは町には行けないから、ダンがうらやましい」ヒナの本音がぽろりとこぼれる。行動を制限されているヒナは、屋敷の外へ出るのだってそう簡単ではないのだ。

ヒナは旦那様に会えないっていうのに、自分だけ、恋愛のまね事みたいなことをしていていいはずがない。

やっぱり、ここにいる間は、そういうのは抜きにしてブルーノと接しなきゃ。キスはもうしないで、好きとか言わないでって伝えなきゃ。

けれど、そんな自惚れたこと、口にするのはそう簡単なことではない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 327 [ヒナ田舎へ行く]

「何が入ってるの?」

ヒナは耳のそばで小さな四角い箱を振った。

箱の中からは、コロンコロンと音がした。

「砂糖菓子だ」期待はずれにならないといいがと、スペンサーはさりげなく答え、ソファに深々と腰を埋めた。

「ありがと。開けていい?」ヒナは返事を待たずして、箱を美しく飾ったリボンの端を引いた。青と緑の縞模様のリボンににっこりとする。「明日結んでもらおうっと」

どうやら気に入ったようだ。

「お出掛けのご褒美だ。今日はちょっと遠出だったからな」

「でこぼこしてた」ヒナは箱を開けて、砂糖菓子をひとつ摘まむ。

「ああ、ちょっと道が悪いところがあるな、あそこは」

「みんなが道を直して欲しいって、ぎでおんがブルゥにお願いしてた」

「あれね。親父が早速伯爵宛に手紙を書いていたが、聞き入れられるかは微妙だな」

「そうなの?伯爵はお願いきいてくれないの?」ヒナは砂糖菓子を口の中で転がしながら、当然の疑問を口にした。

スペンサーはもの問いたげにヒナをじっと見つめた。

伯爵は孫の願いだって聞き入れない。辺境のしかもさほど関心のない領民の願いなど聞き入れるはずがない。スペンサーはそう思っている。

「まあ、お金が絡むことだからな」スペンサーは曖昧に濁して、昼間買ったばかりのミントキャンディを口に入れた。

ヒナがしかめ面をする。ミントは苦手らしい。

「あとでダンがココアを持ってきてくれるって」ヒナが思い出したように言う。

「ここにか?」

ヒナはこくっと頷き、リボンをくるくると指に巻き付けた。

となると、ぐずぐずしていられない。「なあ、ヒナ。ダンのことなんだが」

「なあに?」にやりとする。おみやげが単純におでかけのご褒美だとは思っていなかったようだ。なかなか侮れない。

「ブルーノとは仲直りしたようだな」あいつにその時間がたっぷりあったのはわかっている。昼間はこちらが連れ出すことに成功したが、結局のところ、ダンは始終ブルーノといる。

「そうみたい」

「何か言っていたか?」

ヒナはぶんぶんと頭を振った。

スペンサーは真面目な顔つきになった。「いまでもブルーノの味方か?俺の方を応援する気はないか?」

「どっちがいいのかわかんない」ヒナが困ったように言う。

ということは、ブルーノを蹴落とし、こちらが優位に立つ可能性も大いにあるという事。姑息だと言われようが気にするものか。背に腹は代えられない。

「そうか。よし、じゃあ、こうしないか。俺はダンと二人きりの時間を出来るだけ増やしたい。協力してくれたら、俺もヒナのためにウォーターズとの時間を増やしてやる」言った途端、ヒナの表情が眩しいほど輝いた。

けれどもすぐにしゅんとなる。「でも、フィフドさんがいるよ」期待を込めた眼差しをスペンサーに向ける。

スペンサーは内心にやりとした。「ルークは俺に任せろ。どうにか抑え込む」

「できるの?ヒナとウォーターさんはずっと一緒にいられる?」

ずっとは無理だ。けど――

「できるだけ多く一緒にいられるようにしてやる」

「じゃあ、ヒナはスペンサーの味方になる」ヒナは断言した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 328 [ヒナ田舎へ行く]

ドアの向こうで立ち聞きしていたブルーノは、その場からそっと離れた。

卑怯者め!

スペンサーは昔から、姑息な手段を躊躇わず使う。トビーの時もそうだった。自分が雇ってやっているんだと言わんばかりの横柄な態度を取ったかと思えば、弟のように可愛がったりして――実際は弟なんか可愛がったことなどないくせに!

そういうギャップは、トビーがスペンサーを兄のように慕うには十分すぎるほどの力を発揮した。仕事を一から教え込んだのは、この俺だっていうのに。きまぐれなスペンサーとは違って丁寧に辛抱強く、時には怒ったかもしれないが、愛情を持って接していた。

トビーは最初それには気付いていなかったが、そのうちこちらがあからさまな好意を示すようになると、ためらいながらも受け入れてくれた。

そこにスペンサーが当然のように割り込み、二人のトビーになった。共有する気などなかったのに、トビーも嫌だと言っていたのに、スペンサーは引かなかった。

けれど、なぜ、トビーはスペンサーを拒絶しなかったのだろう。本当は嫌だとは思っていなかったのか。

数日前にスペンサーが言っていたことは本当なのだろうか。トビーは俺が思うような子ではなかったというあの話だ。いま思い起こせば、思い当たるふしがないこともない。

玄関広間の大時計が一〇時半を知らせた。

束の間過去に囚われていたブルーノは現在に引き戻された。

トビーのことは終わったことで、スペンサーに腹が立っているからといって、あの時のことをわざわざ思い返すのは馬鹿げている。

ダンはいま、ヒナの為にココアをいれている。カイルの分とルークの分もあるので、先に居間に行き、書斎へとやって来るだろう。それでは自ら罠にはまるようなものだ。

となると、居間で足止めをした方がいいだろう。何か口実を見つけて、ココアはカイルに運ばせよう。ヒナと一緒に飲めばいいとか何とか言って。

それでどうする?ダンはすぐに部屋に引き上げるだろうか?いや、ひとりになったルークを置いて行くとは思えない。ひとまず三人でいれば、スペンサーがわざわざ邪魔立てすることもないだろう。

ブルーノは気を取り直して居間に向かう。

そして思う。

ダンはトビーとは違う。

だとしたら、兄弟でいくら張り合ったとしても、ダンはどちらにもなびかないのではないかと。

けれども、自分の気持ちをどうやっても抑えられないのなら、このまま突き進むしかない。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 329 [ヒナ田舎へ行く]

ペンは持たないと言ったものの、そういう訳にもいかない。

ひとまず、自分の為の覚え書きが必要だからで、約束を破るわけではないのだけれど、後ろめたく感じるのはなぜなのだろう。

きっと、仕事で訪れただけのお屋敷の居間で、家族のようにくつろいでいるからだ。

ルークはカイルの話に耳を傾けながら、就寝前のひと時を過ごしていた。カイルは馬とウェインの話を、もう三〇分もしている。どちらも大好きなのは、よぉく分かった。ルークは時折相槌を打つだけだ。

こんなに親しくしてはいけないと思いながらも、あまりの居心地の良さに、自分の部屋に戻るのは躊躇われた。しかももうすぐダンがココアを持って来てくれるという。

「それでね、フィフドさん――ねぇ、聞いてる?」

えっ?

ぜんぜん聞いていなかったけど、ここは嘘を吐くしかない。「ああ、聞いてるよ。もちろんだよ」

「ふーん」カイルが疑わしい目をルークに向ける。

ルークは大人げない嘘を吐いた自分を恥じた。「聞いていなかったかも……」

正直に言ったら言ったで、カイルは信じられないとばかりに目を剥いた。子供っていうのは、自分の話を聞かない大人に厳しいものだ。

けれども、それ以上事態が悪化する前に、ダンがココアを運んできた。カイルの機嫌は瞬く間に直り、ルークは救いの神を得たような気分になった。

「すみません。ちょっと遅くなっちゃいました」

「いいよ、いいよ。ダンはヒナのお世話で忙しいんだもん」

ダンには甘いんだ。そりゃそうだよね。ココアなんて高級なものをみんなに振る舞ってくれるんだもんな。

気になるのは、ダンがもはやヒナのお付の人だということを隠そうともしないこと。

それともすでにそうだと打ち明けられたんだったっけ?

めまぐるしく時間が過ぎて行って、朝の事さえ忘れてしまいそうだ。やっぱり、覚え書きは必要だ。ココアを飲んだら部屋に戻ってペンを握るか。

「ああ、ダン。ここにいたか」そう言いながら颯爽とした足取りで部屋に入って来たのは、入浴を済ませたばかりでいい香りをさせているブルーノだ。

そういうルークも同じ香りで、言ってしまえばカイルも同じだった。みんなヒナが持ち込んだ石鹸を使っている。

「どうしたんです?」ちょうどココアを注ぎ終わったダンが、ブルーノに駆け寄る。「ヒナに何か?」

ブルーノは眉を顰めた。「ヒナには何もない。ただお前に用があっただけだ」

「え、ああ、そうですか。えっと、それじゃあ、あれを書斎に運んだら――」ダンは戸惑いながら、テーブルの上のトレイを指し示した。

「いや、カイルが持って行く」ブルーノは有無を言わせぬ口調で言い、カップに手を伸ばしていたカイルに向かって顎をしゃくった。

「ええ、やだよう」

「向こうでヒナと一緒に飲めばいい」

その一言で、カイルの態度が一変した。「あ、そうか。ヒナがいるんだった。じゃあ、僕が持って行くね」ルークとの時間などなかったかのように、一瞥もくれずに、持つ物を持って居間を出て行く。

残されたルークはなんとなく自分が邪魔ものな気がしてならなかったが、ひとまずココアを頂く事にした。

つづく


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